広島高等裁判所 昭和53年(く)33号 決定 1978年12月26日
少年 N・T(一九六一・五・二四生)
主文
本件抗告を棄却する。
理由
本件抗告の趣旨及び理由は、少年作成名義の抗告申立書に記載されたとおりであるから、ここにこれを引用し、これに対して当裁判所は次のとおり判断する。
所論は、要するに、少年は本件につき深く反省悔悟し、自力による更生を決意しているところ、原裁判官は審判廷において、少年に対し、君が事件につき反省し、更生しようとしていることはよくわかるが、社会的にみて許される非行ではないし、被害者らに対して申し訳ないと思つたら少年院に行つてよく考えなさいなどと説示したうえ、特別少年院送致の決定を言い渡した、しかし、少年の処遇決定にあたつて第一に考慮されるべきことはその少年の更生であり、成人の場合のように、制裁、贖罪または社会防衛などの目的で少年を施設に収容することは許されない筈であつて、少年の反省と更生意欲を認めながら少年を特別少年院に送致する原決定は、社会的利益を重視したもので、著しく不当であり、到底納得できない、また、原裁判所の担当調査官が約束を守らなかつたため、少年は両親が出席せず、その気持もわからない状態で審判を受けることになつたものであつて、この点にも不満があるから、原決定の取消しと再審理を求める、というに帰する。
そこで、本件少年保護事件記録及び少年調査記録を精査して検討するに、少年は中学生のころから窃盗(空巣)等の非行を重ね、昭和五〇年一二月一二日神戸家庭裁判所尼崎支部において保護観察処分を受けたが、その行状は少しも改善されず、さらに窃盗、同未逐の非行を累行したことから、同五二年六月一五日東京家庭裁判所八王子支部において中等少年院送致決定を受けて多摩少年院に収容され、同五三年六月一二日同院を仮退院したのち下関市に住む叔父(父の実弟)のD・Rに引き取られて同人の営業するラーメン店を手伝つていたものであるが、仮退院後間もなく原決定が認定判示する如く、(一)前後四回にわたつて、早暁、他人の家に侵入したうえ、就寝中の婦女に暴行を加えて強姦しようとしたが、婦女の抵抗によりその目的を遂げず(うち二回は侵入した家で現金等を窃取し、また、一回は婦女に暴行を加えた際に傷害を負わせたものである。)、(二)前後五回にわたつて他人の現金等を窃取し(うち四回)、または窃取しようとしてその目的を遂げず(うち一回)、(三)無免許で自動二輪車を運転したものである。少年は表面上叔父の監督に服して真面目に働き、保護司をきちんと訪問してその指導に従う態度を示しながら、裏面では右のように危険で悪質な行為を平然と繰り返していたものであつて、約一年間の中等少年院における矯正教育にもかかわらず、少年の犯罪的傾向は次第に定着し、深化してきているものと認めざるをえないのであり、知能は普通域にあるが、情緒的に不安定で、自己欺瞞的な少年の性格、保護者である叔父D・Rや本来保護者たるべき実父N・Yには、少年を適切に指導し更生させるに足る保護能力があるとはうかがえないことなどを併せ考慮すれば、少年が再び非行を重ねることのないようにその非行的性向を是正し、さらに進んで少年の健全な育成を図るためには、今後相当の期間、特別少年院に収容して矯正教育を施す以外に適切な方法を見出し難いのであつて、同趣旨の見解に基づき、少年を特別少年院に送致すべきものとした原決定はまことに相当である。これに対して所論は、原裁判官が少年の反省と更生意欲を認めながら、少年に対して本件が社会的にみて許されないし、被害者らに申し訳ないと思つたら少年院に行つてよく考えなさいなどと説示したところをみると、原決定は制裁や贖罪等の目的で少年を特別少年院に送致したものであり不当である、というのである。しかし、関係記録を仔細に検討しても、原裁判官が所論のような目的のもとに説示をなしたものとは認められず、原決定が、少年の保護、育成及び再非行防止等の見地から、本件各非行の性質、動機、態様、結果、少年の性格、非行歴を含む生育歴と現在の環境、保護者らの監護能力などを総合考察して、少年の処遇を決定したものであることは、その判文上明らかであつて、原決定が少年の更生を等閑にし、社会の利益のみを重視したものとは到底認められないところである。次に所論は、担当調査官は少年の依頼に対し必ず両親に連絡をとると約束したにもかかわらず、この約束を守らず、そのために少年は両親が出席せず、その気持もわからない状態で審判を受けることになつた、というのであるが、関係記録を精査しても担当調査官が所論のような約束をした事実は認められない。そして、所論も認めているように、本件において少年の保護者は叔父で雇主でもあるD・Rであり、本件審判は審判期日に同人を呼出し、その出席を得て適法に行なわれたものであつて、本件事案の性質と右D・Rからの事情聴取の結果、前件の調査結果等に徴すれば、本件審判にあたり、すでに離婚し、遠融地に居住している少年の実父N・Y(東京都東村山市在)及び実母N・K子(兵庫県尼崎市在)に対して新らたに連絡をとり、その意見を聴取等する必要性は乏しく、原裁判所がこのような措置をとらなかつたとしても、これをもつてとくに不当ということはできない。なお、所論にかんがみ、当裁判所書記官から原裁判所担当調査官に照会したところによれば、原裁判所の担当調査官においては、少年から両親への連絡を依頼されたことはなかつたが、実父N・Yには直接連絡しておきたいと考えていたところ、少年自身は右N・Yの住所を知らず、保護者D・Rも担当調査官との面接時には、右住所を詳らかにすることができなかつたため、結局、N・Yとの連絡がとれなかつたものであること(D・Rから右住所を知らされたのは審判期日の直前であつた。)、しかし、右面接の際、D・Rからは、本件の発生についてはすでに同人からN・Yに通知済であり、N・Yは少年の監督については任すと言つている旨を聴取していること、がそれぞれ認められるのであつて、そうであれば、担当調査官の措置に責められるべき点がないことは明らかである。(ちなみに、当裁判所書記官がN・Yに対して照会したところによれば、同人は上述のとおり、本件発生について、すでにD・Rから連絡を受けており、少年の処遇については裁判所に任せるほかないと考えているものであるが、将来は少年を引取る所存であり、少年に対しては、真面目になつて早く退院することを期待しているものである。)
以上のとおりなので、少年を特別少年院に送致する旨の原決定の処分が著しく不当であるとは認められず、その他審判手続上の過誤等も見出せないので、本件抗告は理由がない。
よつて、少年法三三条一項、少年審判規則五〇条により本件抗告を棄却し、主文のとおり決定する。
(裁判長裁判官 西俣信比古 裁判官 岡田勝一郎 堀内信明)